ローマ 教皇 法王 違い。 「ローマ法王」の呼称の由来は?教皇との違いは何?どっちが正しい?|TOKYO SCOPE

ローマ教皇(法王)の歴代と現在は誰?初代はイエスの弟子?

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ローマ教皇フランシスコの来日が話題になっていますね。 来日は、 38年前のヨハネ・パウロ2世以来、 2回目ということなんですね。 日本にはあまり馴染みのない話題かもしれませんが、それは単に、 日本が小さな島国として、 キリスト教がそこまで浸透していないからだけなんですよね。 実際、世界の宗教の信者数割合は、 キリスト教がトップで、なんと、 約20億人 33. そして、イスラム教 約11億9,000万人 19. さらに、 神道も含めてユダヤ教などその他は、 民族宗教という規模の小さな宗教となります。 ですから、 仏教と神道がメインとなっている日本が特殊な宗教事情であって、世界に目を向けると、世界宗教のトップに君臨するのが、 「キリスト教」 という事になるんですね。 では、この キリスト教で大きな立場を占めるローマ教皇とはどんな立場の方なのか、幾つかの角度から、 簡単に分かりやすくご紹介しますね。 huffingtonpost. この2つの面で、 ローマ教皇は、トップの座に君臨しているんですね。 政教分離の原則がある日本では、ちょっと考えられない立場と言えますね。 elle. 冒頭で考えた、世界トップ宗教のキリスト教は、主に、カトリックやプロテスタントなどの宗派に分かれていますが、その中でも 最大の宗派が、 「カトリック」 で、信者は、 「13億人」! と言われています。 キリスト教全体が20億人で、その中でのカトリック13億人ですから、最大宗派として有名であることにも納得がいきますね。 そして、この カトリックの最高権威者が、 「ローマ教皇」 ということなんです。 日本国内でも、創価学会や幸福の科学などの代表者が話題になる事がありますね。 ただ、当然ながら 世界的規模での、 「13億人のトップ」 ということは、 世界中への影響が非常に強い事は容易に想像できます。 excite. 「キリストの代理人」• 「使徒の頭の継承者」 というような、凄い称号でも呼ばれているんですね。 このように、ローマ教皇に宗教的な権威が与えられてきたのは、イエスキリストや使徒たちが活動されていた1世紀ではなく、その後の 3世紀頃からと言われているんですね。 ですから、イエスや使徒たちが生きていた頃に、この教皇制という習慣や歴史があったわけではないようです。 バチカン市国とは、 世界最小の独立国家です。 バチカンは、1506年には現サン・ピエトロ大聖堂が着工し、ここに住む教皇の権威が強力化されていき、 1929年に独立国家としてイタリアに認められ国なんですね。 これにより、現在に至るまで、 イタリアにおけるカトリック教会の特別な地位を保証するものとなりました。 この珍しい最小国家であるバチカンには、下記のような特色があります。 バチカンはローマ市内にある。 国連にも議席はあるが、いわゆる領土はない。 バチカンの統治者は教皇。 公用語はラテン語だが通常はイタリア語が使われている。 バチカンは一切の軍事力は保持していない。 バチカンの警察力は永世中立国であるスイスからの傭兵が担当。 イタリアとの入出国は自由。 国境線もガードレール風の柵があるだけ。 カトリックの聖職者たちは独身制を保っているため、世襲制はない。 いかがでしょうか? 独立国家というイメージはあまり伝わってこないかと思います。 どちらかというと、 「キリスト教(カトリック)の権威を保つために、その総本山を独立国家として扱っている」 というようなイメージですね。 バチカンを独立国家として扱う政策を 多くのイタリア国民も支持したということですので、日本人からは想像できないほどに、 宗教が強い影響力を持っている事が分かりますね。 この2つにはどんな違いがあるんでしょうか? 日本との国交樹立時は「法王」だった! 簡単に言うと、日本とバチカン市国の国交が開始された 1942年以来、 「法王」 という呼び方がずっとされてきました。 メディアでも長年に渡って、「法王」が使われてきたんですね。 asahi. html しかし、外務省は今回の訪日に合わせて呼称を 「教皇」に変更すると発表したんです。 理由としては、 「今回の訪日に当たって準備を進める中で、書物などで一般的に教皇を用いる例が多く見られたためです。 huffingtonpost. もちろん、バチカン側にも打診したそうで、 問題ないという返答だったようです。 これは、日本のカトリック司教団によると、 「『教える』という字のほうが、教皇の職務をよく表わすから」 という理由もあったようです。 それで、 日本では長年に渡って「法王」が使われてきたが、 近年、「教皇」という呼び方の方が相応しい という認識が広まっているという事ですね。 まとめ まとめてみますと、• ローマ教皇はカトリックの代表者で、バチカン市国の元首でもある!• バチカン市国は、カトリックの総本山でローマ市内にある独立国家!• 「法王」は以前から、近年は「教皇」という表現に統一されている! ということでした。 いかがだったでしょうか? 広島の原爆に関してもメッセージを残したローマ教皇。 キリスト教の世界的な巨大さと影響力の強さを日本国内でも理解できる機会となりましたね。 キリスト教世界の 様々な歴史的問題でも謝罪しているローマ教皇ですが、本来の聖書の教えに明確に従う事が唯一の問題解決だ、と考えている別の宗派の方も増えてきているとの事です。 世界最大の宗教として、 神の目から見て正しい言動を意識して欲しいですよね。

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「ローマ法王」と「ローマ教皇」の違いを生んだ“歴史的背景”

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ローマ法王・フランシスコに謁見する徳安茂氏 <<2019年11月、ローマ教皇フランシスコが日本を訪れる。 ローマ教皇の来日は実に38年ぶりのこととなる。 来日に合わせて書籍から日めくりカレンダーといった関連書籍が続々と発売され店頭を賑わしているが、この熱狂の背景には現在のローマ教皇フランシスコの人気の高さがある。 2013年の就任以来、歴代教皇と比較しても異例の世界的支持を集めるフランシスコ教皇が訪日するからだ。 しかし、今回の訪日にともなった報道や商品のうちで「ローマ教皇」と「ローマ法王」と二種類の呼称が混在していることにお気づきの方がいるだろう。 法王と教皇、なぜ違いが生まれるのか? その理由を「なぜローマ法王は世界を動かせるのか」の著者であり、元バチカン公使の徳安茂氏が、日本とバチカンの歴史を踏まえて解説する。 かつては併用されていた「教皇」と「法王」 「法王」とは、日本政府が太平洋戦争が始まって間もない昭和17年(1942年)にバチカンと正式に外交関係を結んだときからの呼称である。 ちなみに米国がバチカンと外交関係を結ぶのはこれに遅れること42年、即ち1984年のこと。 他方、「教皇」とは、日本のカトリック教会が1981年のヨハネ・パウロ2世来日時にそれまで併用して使っていた呼称を「教皇」に統一してからの呼び名である。 従って、どちらも間違いではないが、報道関係等では政府の正式呼称である「法王」を用いることが一般的であるのに対し、カトリック協会関係では「教皇」という語を使うのが普通となっている。 この日めくりカレンダーは「教皇」。 来日合わせてに発売された書籍などには「法王」の呼称も混在している。

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「神を祀る存在」天皇とローマ教皇の決定的違い

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『古事記』や『日本書紀』といった最古の歴史書から、天皇のルーツをひもときます(写真:うぞいけ/PIXTA) 新天皇陛下が即位され、令和の時代が幕を開けて、あっという間に5カ月が過ぎました。 初代の神武天皇から数えて、第126代天皇となります。 天皇家の始祖は天照大神(アマテラスオオミカミ)とされます。 天皇は神ではありませんが、「神の子孫」という神話を包摂する存在です。 神話を信じるかどうかは信仰の問題ですが、神話のストーリーが天皇家発祥に結び付けられていること自体は事実です。 天皇と日本神話 『古事記』によると、天照大神は数多くの自然神の中での最高神である太陽神です。 天照大神の孫のニニギノミコトは大神に、地上を統治するように命令されて、降り立ちます。 これを「天孫降臨」といいます。 そして、ニニギノミコトの曾孫が神武天皇です。 神武天皇は紀元前660年に即位したとされますが、『古事記』や『日本書紀』を典拠とする、この時代の十数代の初期天皇は、実在が疑われています。 天皇として実在したのは、紀元前97年に即位した第10代崇神天皇から、または、270年に即位した第15代応神天皇から、それよりももっと後の時代とする説があります。 初期天皇の実在・非実在を証明することは困難ですが、先祖が神様であるという文脈を天皇家が背負っていることは事実であり、その文脈(本当かどうかは別として)とともに、血統を守り、126代もの天皇を脈々と受け継いできました。 天皇は人として生まれながら、神に最も近い存在と歴史上、見なされてきました。 天皇は神に国家の繁栄と国民の幸福を祈る最高祭祀者で、神と人間との接点に成りうる存在として信仰され、継承することが最重要課題とされます。 天皇即位後、はじめて行われる新嘗祭(にいなめさい)、継承の儀式が大嘗祭(だいじょうさい)です。 11月14日の夜から明け方に執り行われる予定です。

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